ここ約2年、コロナの影響で生活困窮状態に陥る方が増加し、私たちの活動も注目を浴び、支援の範囲も広がりをみせた。
しかし、忘れてはならないのが、障害を抱えてホームレス状態に陥っている人々の存在だ。
ホームレス状態にある障害をもった人たちは、それぞれの世界観があり、客観的に治療や支援が必要と思われても、本人に病識がなく、生活保護等の制度の利用を勧めても何かしらの理由で気が向かず、申請主義である制度にはつなげることが難しい状況にある。
例えばこんな理由だ
「ある“事件”が解決しなければ生活保護は受けない」
「どこに行ったって同じよ。“やつら”はどこまでも追っかけてくるの」
「殺人事件に巻き込まれている家族を助けなければ」
「わたしは病気じゃないわ。ちゃんと根拠があるから」
ある一人の女性がいた。20年以上転々と路上生活をしてきた方だった。相談を受けてとりあえず私たちの用意した部屋に一時的に入ってもらい、本人が承諾したら生活保護を申請してご自分の住まいに移ってもらおうと考えていた。しかし、部屋に入ってからもその女性は頑なに生活保護申請を拒んだ。本名も何も明かすことを拒んだ。このままではまたこの女性は路上生活に戻ってしまう。困った支援者は、とりあえず部屋の‘一時的’提供を継続し、何度も説得を試みた。だが、彼女は生活保護も本名を明かすことも拒んだまま数年に及ぶ歳月が流れたのであった。
福祉事務所やあらゆる窓口へも何度も相談に行ったが、「お金は欲しいけれど生活保護は受けたくない」と頑なな彼女に対して、相談員さんも寄り添って聴いてくれるものの、「これだけ意思がはっきりしている以上、本人が申請する気にならなければ何にも繋げられない」という。
彼女は部屋からよく叫んでいた。
「やめろーー!!」「返せ!!」「いいかげんにしてください!!」
天井から、床下から、あらゆるところから攻撃をしかけてくる「奴ら」に威嚇した。
そして、いつだってその何者かに対話を求めていた。
だが、そいつらの声はこちらには聞こえないし、その姿はわたしたちには見えない。
どうしたらいいのか。
彼女は苦しんでいる。助けて欲しいって心が叫んでいる。
周囲のベテラン支援者に訊くと、『待つしかない』という。
『待つ』って?
彼女がぶっ倒れて病院に運ばれるのを待つしか、必要な医療や制度につながる手段はないのか…
結局、この女性は体調を悪化させて倒れ、いやがる彼女を半ば強引に救急搬送して、その後入院となったのであった。
また、毎週水曜日の夜回りで会う女性がいた。毎週顔を合わせ、お声を掛けるのだが、彼女はいつも言葉少なで食糧も一切を受け取らなかった。
その内、彼女は身体中の皮膚が黒紫色に変色していき、苦しそうに身体を搔きむしって横たわるようになった。通る人も心配して、飲み物や食べ物を置いて声をかけている。心配の声はわたしたちのところにも届いた。
そのように苦しい状況になっても、彼女は誰にも助けを求めることはなかった。
医師を交えて根気強くスタッフが毎週話しかけた。段々と話をしてくださるようになっていったが、しかし彼女の世界観とこちらの投げかけは噛み合うことはなかった。
そのうちその女性は、警備員さんに詰め寄られ、その場から追い出されるように姿を消してしまった。
ホームレス状態にある人たちの中に一定数の障害を抱えている人たちがいると調査でわかってから、十年以上が経過した。コロナ渦で困窮者支援も変容したが、その中でも、制度の谷間から落ち、もがき苦しんでいる人がいまも変わらずいることを忘れてはならない。
生活相談員 平田聖子 / イラスト・たけうちみき